Canine heart disease

犬の心臓病

僧帽弁閉鎖不全症

僧帽弁閉鎖不全症は犬の循環器疾患で最も多く遭遇する疾患です。最も一般的な原因のほとんどは粘液腫性僧帽弁疾患で、加齢と伴に僧帽弁や腱索に変性(粘液腫様変性)が起こり、僧帽弁が正常に閉鎖できなることで発生します。

僧帽弁は左心室の血液を大動脈へ送り出す際に、血液が僧帽弁へ逆流するのを防いでいます。この閉鎖がうまくいかなくなることで、血液の一部が左心房へ逆流してしまいます。そのため血液を全身へ送り出せなくなり心臓の中に血液が溜まります。

この逆流遼が軽度であれば、送り出される血液量の減少に対して代償反応(心拍数をあげる、血管を収縮させるなど)が働き、ある程度は代償されるため初期には無症状です。ただし進行すると肺水腫(左心不全)などの命に関わる重度の合併症を起こします。

内科管理は根治治療ではありませんが、早期発見と適切な治療によって、心不全の発生の抑制をし、生活の質を維持した日常生活を過ごす機会を増やすことができます。

好発犬種、発症年齢

本疾患について、様々な報告がされています。

  • 好発犬種は、キャバリア、チワワ、マルチーズ、ポメラニアン、トイ・プードル、シーズー、パピヨンなどの報告があります。
  • 一次診療にやって来る症例の10%は心臓病を持っていると推定されています。(注1)
  • 小型犬では本疾患の有病率は年齢とともに著しく増加し、13歳までに弁病変が見るかる犬が最大で85%とされます。(注1)
  • アニコム損保保険によると7歳頃から罹患率が増え、8歳以上では約30%、10歳以上では約50%以上という報告もあります。

症状

  • 初期
    全身状態に大きな変化はなく、症状はほとんどみられません。
  • 中期
    循環不全が生じ、発咳や元気消失、呼吸速迫、呼吸困難、チアノーゼ、失神などの症状が認められます。
    さらにうっ血性心不全を生じると、肺水腫(肺の中に水が溜まる)や、重度の呼吸困難を呈し、命に関わることもあります。
  • 末期
    内科治療を積極的に行っていても肺水腫を頻繁に繰り返してしまい、少しの運動でも活動を止めてしまう。循環不全により、腎不全や肺高血圧症、心臓性悪液質、膵炎などを合併することもあります。

自宅でのチェック項目として以下の場合には、検査が推奨されます。

至急検査が必要

  • 自宅での安静時の呼吸数が40回/分以上[注2]
  • 開口呼吸が30分以上続いている
  • 前肢を広げて座った姿勢のまま、横になって寝れない
  • 薄いピンク色の鼻汁がでる(特に上記の症状を伴いつつ)
  • 失神する

近況で検査の実施が推奨

  • 安静時の自宅での呼吸数が30回/分以上が数日続いている(30回/分以下にならない)

検査・診断

聴診

成犬において左側胸壁で収縮期雑音が聴取されれば、本疾患を疑います。

心雑音が聴取される場合には、精密検査が必要です。(本疾患以外の心疾患も多く認めれます)

胸部レントゲン検査

一般的に本疾患は心拡大が起こるため、レントゲンにて心拡大の有無を確認します。

レントゲン検査では身体検査では把握しきれない心拡大(VHS)や左房拡大(VLAS)を評価することができます。

およそですが心臓の大きさは本疾患の重症度を反映しています。(別個体ですが両者とも同犬種:チワワ)

図1

左図:非心臓病犬・右図:僧帽弁閉鎖不全症
右図の僧帽弁閉鎖不全症犬は、明瞭に拡大した心陰影が認められる。

非心臓病犬
僧帽弁閉鎖不全症

心臓超音波検査(心臓検査のゴールドスタンダード)

  • 僧帽弁閉鎖不全症の確定診断には心臓超音波検査が必要です。
  • 左心房や左心室の大きさを評価することで心不全の重症度を評価します。
  • 左室流入血流波形E波の血流速度などを計測することでうっ血リスクを予測することが可能です。(注3)
図2

左図:僧帽弁逸脱なし・右図:僧帽弁両尖の逸脱(⇒)あり

僧帽弁逸脱なし
僧帽弁両尖の逸脱(⇒)あり

その他の検査

  • 血液検査、尿検査などを用いて心不全の合併症(貧血や腎臓病など)の有無
  • 心電図検査にて不整脈の有無
  • 血圧測定などを行い、全身の状況を把握します。
  • 基礎疾患の有無は心臓病の検査や治療方針を左右するため、初診時および定期検査の際に確認します。

ステージ分類

当院では2019年に公表された米国獣医内科学会(ACVIM)のガイドラインを参考にし治療方針を、飼い主様へご提案しています。(注4)

ステージ分類ステージAステージB1ステージB2ステージCステージD
僧帽弁の変性なしありありありあり
心臓(左房/左室)の拡大なしなしありあり重あり
心不全の徴候(肺水腫歴の有無)なしなしなしありあり
心不全治療の抵抗性なしあり

ステージA

僧帽弁の変性がまだ起こっていない好発犬種(キャバリア、チワワ、T・プードル、M・ダックスフンド、マルチーズ、シーズー、ポメラニアンなど)はステージAに分類される。

ステージB

僧帽弁の構造異常があり、僧帽弁での血液の逆流はあるが、心不全(肺水腫)の既往歴が一度もない無症状の犬

B1:心拡大なし /  B2:心拡大あり

  • ステージB1
    心臓への負担を示す心拡大がないため、心不全の発症を遅らせるための治療の必要性はありません。
    ただし6~12か月毎に定期検査を行い、心臓病の悪化を評価が推奨されます。
  • ステージB2
    内科治療が推奨されています。(注4)
    ピモベンダン:血管拡張作用と強心作用を持ち合わせ、心不全症状の軽減に有効です。

ステージC

心不全(肺水腫)を発症している、発症したことがある犬。
肺水腫では肺に水が溜まるために酸素を取り込めなくなり、重度の呼吸困難を発症します。

  • 急性期(この時には集中治療を行うため、入院管理が推奨される)
  • 慢性期(急性期の入院管理を乗り越え、退院後の管理)

治療

  • ステージB2以上に進行している場合には治療が推奨されます。
    治療内容に関しては、当院での検査実施により病態を把握し、担当獣医師からご説明いたします。
  • ステージAとステージB1は内服薬や食事療法などによる治療は推奨されていません
    その理由は、本疾患のこの初期段階では心不全への悪化が不確実であるため。また推奨される定期健診の内に心不全を発症する可能性が低く、この段階で投薬が有効であるという根拠がないため
  • 心臓外科手術
    現在、当院では心臓手術を行っていません。心臓外科治療をご希望の患者様には、専門施設をご紹介しています

予後

  • ある報告では心不全を発症した犬の予後は悪く、中央生存日数は約1年弱(※)と報告されています。(注3)
    ※「心不全を発症した犬の約半数は約1年以内に亡くなる」という厳しい結果としてご理解下さい。
  • 肺高血圧症や心臓悪液質、腎不全、膵炎などを合併した犬の予後も悪いことが報告されています。

当院では、僧帽弁閉鎖不全症を患っているわんちゃんや飼い主様にとって、生活の質を保ち、家でわんちゃんらしく過ごせる時間を持てるよう模索し、病態に合わせた治療をご提案しています。

僧帽弁閉鎖不全症について気になることやご心配な点がある場合には、お気軽に当院へご相談ください。

参考文献

注1:Borgarelli M, Haggstrom J.: Canine degenerative myxomatous mitral valve disease : natural history, clinical presentation and therapy. The Veterinary clinics of North America Small animal practice 2010 ; 40 : 651-663. 

注2:.Karsten E. Schober,  Taye M. Hart,et al. :Effects of treatment on respiratory rate,serum natriuretic peptide concentration,and Doppler echocardiographic indices of left ventricular filling pressure in dogs with congestive heart failure secondary to degenerative mitral valve disease and dilated cardiomyopathy JAVMA.,2011: 468-469, August 15,

注3:Survival Characteristics and Prognostic Variables of Dogs with Mitral Regurgitation Attributable to Myxomatous Valve disease.M.Borgarelli et al.JVIM 2008;22:120-128.

注4:ACVIM consensus guidelines for the diagnosis and treatment of myxomatous mitral valve disease in dogs.
Keene B.W.,Athins,C.E.,Bonagura,J.D., et al, J. Vet. Intern. Med.,2019;33(3),1127-1140.